人の一生には、土台が据えられる時期があります。新卒社員として迎える最初の季節、とりわけ入社して間もない研修のひとときは、その人がこれから歩む数十年、すなわち職業人としての道のりも、一人の人間としての生き方も、その根を静かに張っていく時間です。この研修資料(シラバス)は、その大切な時期のために、私がこれまで重ねてきた新卒研修のなかで得た考え方や資料を、一つのかたちにまとめたものです。
若い人にまず手渡すべきは、道具の使い方ではないと、私は考えています。プログラミング言語も、手順も、いずれ時とともに身につくものです。それよりも先に渡したいのは、道具を手にする前に立つ、一人の人間としての構えそのものです。けれども現実には、「即戦力」という言葉がいつのまにか、目の前の技術や手順を覚えさせることへと読み替えられ、そこに重きを置いた新卒研修が、少なからず行われています。私は、そうした光景を、これまで幾度も目にしてまいりました。
そこで本シラバスでは、目の前の技術や手順といった、いずれ学べるものは、実践講座やOJTに譲ることといたしました。そのかわりに据えたのは、一つひとつの仕事の意義と目的、その奥にある背景、そして新卒社員として最低限必ず知っておかねばならない知識、すなわち「なぜそう考えるのか」という、目には見えない芯の部分です。
本シラバスが終始一貫して大切にしているのは、ただ一つの問いです。「正しく、誠実に、人のために働くとは、どういうことか」。技術の巧拙よりも先に、この問いに自分なりの答えを持てるかどうか。そこにこそ、長く信頼され、長く立ち続けられるエンジニアの、そして一人の人間の、揺らがぬ礎があると、私は確信しています。
本シラバスは、この問いを四つの層からとらえています。一人の人として、ビジネスパーソンとして、エンジニアとして、そして組織の一員(社員)として。この四つの層のそれぞれに必要な事柄を、できるかぎり広く、ていねいに記しました。これを手にする新卒社員には、研修を終えたとき、この四つの層を自らの知識として携え、現場で、そしてこれからの人生で、実践してほしいと思います。
そして、新卒社員にそう望むとき、私は迎える側のことを思わずにはいられません。なぜなら、新卒社員を迎えるということは、その人の今後の人生を、決定的に方向づけてしまうことでもあるからです。それは、一人の若者を労働力として雇うことではなく、その人のこれからの人生ごと、預かることにほかなりません。とりわけ最初の新卒研修は、まっさらな心に最初の輪郭を刻む、いわば刷り込みです。配属の前に最初に映る景色、最初に出会う人(講師)が何を語るのか。その一つひとつが、その人の価値観の芯となって、長く残り続けます。だからこそ、それは育てる側に立つ企業や管理職こそが、もっとも真剣に考えねばならないことだと、私は思っています。私自身、一人の人間の出発点を、そしてその後の人生をも左右しかねない重さを忘れぬよう、覚悟をもってこの仕事に向き合ってまいりました。
もし本シラバスが、単なる作業者ではなく、広く社会に、そして力強く企業で活躍する人を育てる研修づくりに、ささやかでも寄り添えたなら、これにまさる喜びはありません。これを無償で公開するのには、二つの願いがあります。一つは、これまで多くの企業と社会に育てられ、一人のエンジニアとして歩んでこられた、その恩に、ささやかでも報いたいということ。そしてもう一つは、一人でも多くの新卒社員に、ただ作業をこなすだけの人生ではなく、自らの手で未来を掴んでいくエンジニアとしての人生を、歩んでいってほしいということです。
新卒社員がこれから歩む道には、楽しいことばかりでなく、困難も待ち受けています。けれども、ここで手にした軸を信じて歩んでいけば、その困難は必ず越えられる。そしてその先には、豊かなエンジニアとしての歩みと、豊かな人としての人生が待っている。私はそう信じています。本シラバスが、巣立っていく一人ひとりの確かな第一歩を、そっと支える灯となることを、心から願っています。
二〇二六年 六月 三十日
クオリティアーツ 池田 暁
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